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【サイン本】バラバラな世界で共に生きる リチャード・ローティの哲学|朱喜哲
JPY 1,023(USD 6.47)
わかり合えない他者を、敵にしないために。 分断が極まり、「正しさ」がSNSでぶつかり合う社会で、私たちは他者といかに語り合えるか。アメリカの哲学者リチャード・ローティは、共通の基盤なき世界でそれでも人が共に生きる可能性を問い続けた。その哲学から、分極化の時代を生きるための知的作法を鮮やかに引き出す。大好評だった『100分de名著 リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』』テキストを大幅改稿。死後に注目された「予言」や主著以外の発言にも光を当て、その思想の先進性をいま問いなおす。著者初の新書! <著者情報> 朱 喜哲 著 哲学者、大阪大学招聘准教授。1985年大阪生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。専門はプラグマティズム言語哲学とその思想史。また研究活動と並行して、企業においてさまざまな行動データを活用したビジネス開発に従事し、ビジネスと哲学・倫理学・社会科学分野の架橋や共同研究の推進にも携わっている。著書に『人類の会話のための哲学』(よはく舎)、『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす』(太郎次郎社エディタス)、『バザールとクラブ』(よはく舎)、『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(共著、さくら舎)、『世界最先端の研究が教える すごい哲学』(共編著、総合法令出版)、『在野研究ビギナーズ』(共著、明石書店)、『信頼を考える』(共著、勁草書房)、共訳書に『プラグマティズムはどこから来て、どこへ行くのか』(ロバート・ブランダム著、勁草書房)などがある。 *** 判型:新書判 ページ数:224ページ 出版社:NHK出版 *** (版元情報より)
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何がダサいを決めるのか|平芳裕子
JPY 1,078(USD 6.81)
「ダサさ」が悪のように扱われる、そんな空気はなぜ生まれたのか。現代のファッション心理を、歴史と社会背景から読み解く。 ★『東大ファッション論集中講義』著者の最新作! ファッションの世界はおしゃれ至上主義。 しかし世間一般は、そうともいえないようです。 ■「似合ってない」と思われたくない…。 ■「マナー」を守らなきゃいけない…。 ■「年相応」な服を選ばなければいけない…。 まるで「ダサい」ことが悪のように扱われる。 そんな空気はいったい、なぜ生まれたのか。 服の歴史や社会背景から「ダサい」を読み解くことで、現代のファッション心理が見えてくる。 私たちが囚われているファッションの常識をアップデートする一冊です。 ========== 【内容】 はじめに 第1章 他人の服装がなぜ気になるのか 《自己と社会》 第2章 どうしてパーカーは生まれたのか 《起源と流行》 第3章 なぜ「ダサい」を恐れるのか 《年齢と着こなし》 第4章 誰がどうパーカーを支持するのか 《スタイルと逸脱》 第5章 スーツの力はどこから来るのか 《歴史と階級》 第6章 ふさわしさはどう決まるのか 《外交と戦略》 第7章 私たちはなぜその服を選ぶのか 《ファッションと規範》 おわりに 何が「ダサい」を決めるのか ========= 【著者略歴】 平芳 裕子(ひらよし・ひろこ) 神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授。 1972年東京都生まれ。 東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。 専門は表象文化論、ファッション文化論。 主な著書に『まなざしの装置――ファッションと近代アメリカ』(青土社)、『東大ファッション論集中講義』(筑摩書房)、『日本ファッションの一五〇年 明治から現代まで』(吉川弘文館)、共監訳書に『ファッションセオリー ヴァレリー・スティール著作選集』(アダチプレス)がある。 *** 判型:新書判 ページ数:278ページ 出版社:ポプラ社 発売日:2026年4月22日 *** (版元情報より)
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資本主義を半分捨てる|青木真兵
JPY 990(USD 6.26)
生きづらさに満ちた社会で、資本主義の価値観に縛られず多様なありかたを模索する。都市と山村を行き来して考えた、自分が心地よく生きるための方法とは。 お金になりにくい文化や教育的営みは役に立たないのか? 資本主義的な都市とそこから離れた山村の二つの場所を行き来しながら、自分の感覚にしっくりくる言葉や表現を磨き、自分らしく生きるための道筋を探っていく──。他人の評価や市場のものさしにとらわれず、自分だけの生き方をみつけよう。私たちが抱える「生きづらさ」から抜け出してちょうどよく生きるためにどうすればいいのか。現代を生きる私たちがどうすれば人間らしく暮らせるのか、自分に合った答えを見つけるためのヒントがここにある。 【目次】 はじめに 「ちょうどよく生きる」とは/「生きづらさ」はどこからくるのか/テクノロジーの発展は悪くない/「自己ニーズ」を大事にできるかどうか 第一章 僕たちが山村に越して分かったこと──二つの原理を行ったり来たり 東吉野村へ移住/なぜ過疎地を選んだのか/合理性と効率性を第一とする社会で/資本の原理に支配される危うさ/あらゆるものを商品とみなす社会/消費社会は快適/生きるとは労働力を商品化すること/数値化することで失われてゆくもの/二つの原理を行き来する柔軟さが必要 第二章 社会全体を学びの場としてとらえる──脱学校、脱病院の思想 都市と山村では自然とのつき合い方が違う/近代と前近代/学校は子どもたちを序列化する制度/学びを学校に限定しない/本来の学びとは何か/社会的価値という物差しから離れる/障がいは社会との関係性の中で生じる/障がいにおける「医学モデル」と「社会モデル」/医学的、社会的評価に委ねすぎてはいけない/数値ではなく自分にとってのちょうどよさを基準にする 第三章 働くとはなにか──ルチャ・リブロとヴァナキュラー なぜ図書館活動をするのか/市場原理に縛られない場所をつくる/「おすそ分け」が活動の原点/生きづらさと向き合いプロセスを「ひらく」試み/労働=賃金なのか?/ヴァナキュラーな営みとは/自然のリズムを無視しない働き方/人間の精神や文化の持続のために大切なものはなにか 第四章 数値化できないものについて語る──「オムライスラヂオ」 互いに関わり合い、支え合う関係/全体を整える││流動的知性/テクノロジーは大事だが支配されてはいけない/人間らしく生きるために生活を手づくりする/自己ニーズを認め合う関係は互いの尊厳を認め合う関係/素朴な疑問について語り合う雑談の場としてのラジオ/余白の時間と空間をとり戻す/生き物としての感受性を回復する 第五章 尊厳を認め合いながら生きるには──『ジェンダー』 自己ニーズはとても繊細なもの/男性は社会的に優位な側に属している/平等な社会を目指すには/近代社会が理想とした「単一の性」の不自然さ/「他者ニーズ」と「自己ニーズ」を往復しながら生きる/前近代的共同体に潜む抑圧/マイノリティを孤立させない/自ら作った制度や装置に支配されずに生きる
